さてと、健康診断書を作ってもらいに病院と提携のあるクリニックを訪ねたら、病院指定の診断書用紙があるはずだからそれを持参してくれないとできません、と断られた。病院の産業指定医にもなっていて、年に一度の健康診断に病院までやってくるクリニックがなんていう対応か。
それはさておき、今日をもって看護助手はお役御免となる。明日からは一から事務を覚えていかないといけない。正直なところ看護助手をやっていた方が夜勤手当があるだけ給料もいいし、夜勤明けなどで自分の時間を作りやすいし、3交代制だから自分で連休を作れるから辞めたくはなかった。それでも、30も半ばになってなんだかんだと勉強をしてきた身として、自分なりにこれからの人生のためにキャリアを作っておかなければといけないという危機感があった。それは正直に言って看護助手(広く言えば介護職)に不本意ながらも就かなければいけなかったこれまでの自分の人生設計に悔いがあるということ、それが自分の人生の先行きに対する不透明さを募らせる原因になっていたことがある。
介護というか、人に関わる仕事には、そこからしか得られないものがあって、それを否定する気は全くない。それがあったからこそ僕も精神保健福祉士なんていう資格を取ったし、それを生かせるなら一応のところは本望だと思う。ただ、それにしがみつこうとしたばかりに自分の首を絞める結果となってしまって、挙げ句は鬱病なんていうものまで背負い込んでしまった。だから、もしどこかに僕を必要としてくれる場所があるならそこに喜んで行こう、次第にそういう考え方になってきて、たまたま声をかけてくれたのが今の病院で、まぁ、なんとかやってみましょうかという気持ちになっている。
で、看護助手という仕事をやってみての感想は、とにかく忙しかったの一言に尽きる。掃除や荷物運び、看護業務の補助、平たく言えばこれだけの仕事だ。でも、たとえ無資格でやれる仕事だとしても、目の前の患者さんのをしっかりと見て、その状態を把握しないとやっていけない仕事でもあった。入院してくるような人なのだから間違いなく治療の必要な病人だ。でも一方でこれまでに何とか生きてきたかけがえのない生活者でもあって、どんな生活を営んできたのか、それを踏まえていかなければ、単なる身辺整理の雑用係にもなれない。この人は状態が悪そうだから転院があるかなと思えば、担当の看護師と相談していつでも移動できるような準備ができなければいけない。全くの未経験者にそんなことを望むのは酷でも、否が応でも身につけていかなければ看護師と協力して仕事することはできない。
ぶっちゃけて言うと、このブログにも看護助手を見下すようなキーワードで検索してやってくる方がいくらかいたが、おそらくそういう方には看護助手は務まらないと思う。実際に、すごくベテランの看護助手さんは下手な看護師よりも患者さんに対する観察眼や洞察力を持っていて、それは誰でもできる、無資格でもokというようなレベルではなかった。立派なプロだった。
しっかりとしたプロと呼ばれても恥ずかしくない仕事を身につける前に別の仕事に変わるのはもったいない気持ちでもあるが、これからも自分を生かせるためになんとかやっていきましょうと決意して、このブログを締めくくろうと思う。
とか何とか言いながら、事務職が勤まらなかったら看護助手に戻してもらえるよう交渉中なんだけどね。
んで、明日からは
コチラで毎日を綴ります。